投稿日:2007-03-31 Sat
今日の昼は、久しぶりに魚の切り身を買ってきて焼いて食べた。
魚を焼くと焦げ目がつく。
これは大腸がんの素になるらしいが、
大根おろしと一緒に食べると害がなくなるそうな。
おそらく、焼き魚に大根おろしを添える習慣ができた頃は
大腸がん云々というのは分かってなかったのだろうと思うが、
生活の知恵というのはよくできている。
で、小さなおろし金を買って
魚を焼くときには大根おろしも作るようにしているのだが、
いささか不満なのは、おろしたままの状態だと水気が多すぎること。
普通はどうやって水気を切っているのだろう。
よく分からないし、面倒なので、
今はそのまま食べてしまっている。
ま、そのうち調べてみるとしよう。
投稿日:2007-03-30 Fri
桜が見頃である。仕事終わってから
ちょいと見に行くべと思っていたが、
会議が長引いて果たせず。
ま、明日があるさ。
投稿日:2007-03-29 Thu
【ネタばれあり】邦題は「愛されるために、ここにいる」だが、原題は、Je ne suis pas là pour être aiméだから、愛されるためにここにいるわけではない、と全く逆の意味になる。実際の内容はどうなのか、見る前から気になっていた。
主人公の50男、ジャン=クロードの人間関係は、一度ぼろぼろになる。タンゴ教室で知り合い(正確には再開し)恋仲になりかけていたフランソワーズに婚約者がいることを知ってしまう。説明しようとする彼女に、ジャン=クロードは、二度と会いたくないと言い放つ。加えて、父親は会いに行く度に文句ばかり。ついでに息子はジャン=クロードの事務所を辞めたがっている。
この辺りのジャン=クロードは、愛されないことでストレスを溜め込んでいるように思える。
ところが父親が亡くなり、遺品の整理中に、捨てられたと思っていた昔のテニスの優勝カップが戸棚に綺麗に並べてあるのが見つかる。ジャン=クロードの活躍を記した新聞記事の切り抜きも保存されていた。文句ばかり並べていた父も、胸の裡ではジャン=クロードを誇りに思っていたわけだ。
秘書(?)からの助言も効いてか、ジャン=クロードは息子に事務所を辞めるように進んで話し、フランソワーズにも笑顔を見せる。
このラストでのジャン=クロードは、悟りを開いたというか、拘りのない自由な心境に達しているかのようだ。
こうしてみると、原題の方がどうみても適切で、邦題のつけ方は一考して欲しかったと思う。
それはともかく、途中、ジャン=クロードとフランソワーズが徐々に接近していくところの描写も巧い。見た後に爽やかな感情が残る、いい映画だった。
愛されるために、ここにいる
投稿日:2007-03-28 Wed
【ネタばれあり】昨年、「ホテル・ルワンダ」という映画を見た。1994年にルワンダで起きた大量虐殺時の話だ。現地人であるホテル支配人が、手を尽くして虐殺から人々を守るストーリーだったと記憶する。
「ルワンダの涙」も同じ虐殺時の話だが、主人公である白人教師ジョーは、国連軍と共に学校に避難してきた人々を置いて脱出し、残された人々は虐殺される。彼らと共に残ったクリストファー神父は、子供達を逃がそうとして殺害される。
ラスト、おそらくイギリスでジョーと教え子のマリーが再会する場面は苦く、重い。
見ていて楽しくなる映画ではもちろんない。しかし、一つの映像作品としての手応えはずしりと感ずる。また、ルワンダ虐殺を知る意味の他に、日々の雑事に疲れて精神的にいいコンディションではない自分にとっては、言葉は悪いがいい刺激になったと思う。
最後に現地で虐殺を生き延びてこの映画の製作に携わった人が紹介される部分があるけれど、彼らの多くは笑顔で写っていた。悲惨な体験をしても、笑う力を失わない精神の強靭さが、ここにはある。
ルワンダの涙
投稿日:2007-03-27 Tue
桜が咲き始めた。行きつけの居酒屋に、花見帰りの団体さんが
来られていてにぎやかだった。
明日あたり、
夕方少し花を見に歩いてみようかな。
投稿日:2007-03-26 Mon
打ち合わせを兼ねて会食する機会があった。どうせなら個室を探そうと思い、
ネットで条件の合う店を検索して電話をかけた。
先方の説明によると、三方が壁で
一方が通路に面しているような場所だという。
その時点で個室とはちょっと違うわけだが、
まあそこそこ静かだろうと思って予約を入れた。
ところが、いざ店に行ってみると、
一面は確かに壁だが、
二面は他の座席との仕切りで、どうみても壁ではない。
残る一面も通路に面しているのはそのとおりだが、
飲み物を入れてある冷蔵庫がすぐそばにあり、
見るからに落ち着かないだろうと思われるポジションだ。
まあ、話はちゃんとできたらからよかったが、
言葉で説明されたイメージと現実のギャップは
かなり大きかった。
ネットや何やが便利になっても、
手間と飲み代を投じて現地調査しないと
本当にニーズに合ったところかどうかは判断できんものらしい。
投稿日:2007-03-25 Sun
【ネタばれあり】正直なところ、1回見て腑に落ちたとは言えない。
30年以上続いたラジオの音楽バラエティショーの最後の公開録音だというのに、誰も特別なことをしない。出演者の一人が楽屋で亡くなっていても、舞台の上で追悼もしない。歌手の一人が何かやるべきだという意見を出すけれど、司会のおっさんが却下したら、それ以上は何も言わずに歌っている。
ということは、彼らには語らなくとも通じる共通の価値観があり、その価値観によれば、番組が終わるとか仲間が死んだとかいうことで特別のアクションをとることはせずに淡々と普段やっているとおりのことをやるべきことになるのだろう。
おそらく、命ある限り歌い続けることにこそ価値があり、番組が無くなることなどはそう大したことではない、最後まで歌い続けて死んだ仲間は幸せである、という方向なのだろうと思う。
劇場が潰れた後で、彼らがミッキーズ・ダイナー(だったっけ?)に集まってショーを続ける算段をしていることからも、そういう考え方を彼らが共有しているであろうことは窺える。
仮にそこが肝心要の点だとすると、それを明確に示さずに長々とショーと舞台裏を見せていることの意味が、今一つピンと来ない。
もう一つ、白いトレンチコートの女(=天使)の存在。これは何を含意しているのだろうか。
アルトマン監督の他の作品をあれこれ見ていたら、もう少し感覚的に掴めるのかなぁ。
今宵、フィッツジェラルド劇場で
投稿日:2007-03-24 Sat
何もしない一日だった。昼から割と長い時間眠ったせいか、
夜は長そうだ。
やるべきことはたまっており、
やんなきゃなぁとは思うのだが、
なかなか手につかない。
今日はこれとこれさえやればOK、
といった具合にうまく切り分けて
やる気が出てくるといいのだが。
ところで、昼飯食ってないのに
体重減ってないのはなぜだろう?
投稿日:2007-03-24 Sat
いきつけの居酒屋に晩飯食うべと入っていくと、常連の某さんが仙台の彼女と一緒に来られていた。
なぜか中洲に通い詰めているという噂の
別の常連さんが呼び出され、
四人で閉店時間過ぎまで飲む破目になった。
当然のごとく、飲み過ぎ。
ま、楽しかったからいいか。
投稿日:2007-03-22 Thu
【ネタばれあり】歴史上の人物などを近くにいる者の視点から描くことは、比較的ポピュラーな手法だろう。例えば、『ヒトラー 最期の十二日間』は、秘書の目からヒトラーを見た作品だ。
本作では、ウガンダ大統領アミンが、主治医で側近となったスコットランド人医師ニコラスの視点から描かれていることになるのだろう。そして、アミン役のフォレスト・ウィテカーの演技は素晴らしい。
しかし、本当にアミンを描くことに焦点を合わせたストーリーかというと、微妙なところ。語り部に思えたニコラス医師自身の行動にも、かなりのシーンが割かれている。
そもそもニコラスのキャラが、典型的な語り部とはちょっと違うような気がする。女と見れば手を出し(アミンから当てがわれた女性だけは何故か気に入らなかったようだが)、アミンの妻の一人を妊娠させるし、最初はアミンに可愛がられていい気になっていたのが、最後は毒を盛ろうとするわけだし。
まあ、それでも、見応えはある映画だった。
見る前、タイトルの「ラストキング・オブ・スコットランド」って何じゃ?と思っていたのだが、記者会見のシーンで、あなたはスコットランド王を名乗っているらしいが、という趣旨の質問が飛んでいた。これは事実であるらしい(アミン小伝)。
ラストキング・オブ・スコットランド
投稿日:2007-03-21 Wed
そろそろ桜の季節。花もいろいろあるけれど、
桜の咲き具合は格別に気になる。
咲けば咲いたで
散っていくのが気がかりだ。
これだけ桜に入れ込むのは
日本人だけなんかなぁ。
投稿日:2007-03-20 Tue
しばらく前に、武雄市長が、「女性配偶者を『オイ』『ワイ(方言でおまえの意味)』など名前なしで呼ぶことを禁止する『オイ・ワイ禁止条例』制定を発案した」(西日本新聞2007年2月21日)
ところ、
「市長のブログ(インターネットの日記風サイト)や市役所に、全国から数十件の賛否の声が寄せられ」(西日本新聞2007年3月2日)、
週刊新潮のエッセイで渡辺淳一センセイもとりあげる(武雄市長物語2007年3月19日)、といった反響を呼んだそうな。ブログなんかでも、結構取り上げられているようだ。
で、当の市長は、「男女共同参画社会の本質を議論してもらうのが狙い」であって、これだけ騒がれたのでその狙いは既に達成されており(上記記事(3月2日)、ブログ)、もう条例を作る必要はないと考えておられるらしい(上記ブログ2月22日)。
罰則なしとはいえ人の行動を規制する内容の条例の制定を、議論してもらうだけの目的でぶちあげてもらっても困るし、もっと一般化すると、過激なことを言っておいて、他人がそれを正面から受け止めてリアクションしたら、狙いは別のところにあってそれは達成されたので前に言ったことはもういいです、と身をかわすやり方は、いささか不誠実で議論の王道から外れているとは思う。
しかし、そういう言い方をしたからこそ、面白いネタになったことも事実だろう。「意識を高めましょう」「仮の話としてこういう条例を制定したとしたら、どうでしょう?」みたいな問題提起をしても、ここまでの反応はなかったに違いない。
それはともかく、ちょっとした言葉で他人の気持ちを害することは常にあり得ることだから、(男女平等社会とか高邁なお話は別にしても)日々気をつけていたいものだ。実践するのは難しいけれど。
ところで、この市長さんだったら、ここの2007年3月15日の書き込みにはどうコメントされるかしらん。「父兄」という言葉を使ったのが怪しからんという突っ込みに対して、ただ謝って訂正するだけのリアクション、ちと面白みに欠けますぜ。
投稿日:2007-03-19 Mon
こういう記事を見つけた。大勝軒:つけ麺発祥の店、46年の歴史に幕 東京・東池袋
雑誌でも類似の記事を見たし、
ネットでも話題になっているようだ。
ラーメンのことはさっぱり分からないけれど、
記事と写真を見る限り、店主さんは、
やるべきことはやったという満足感をもって
リタイアされるのだろうと思える。
はたして未来の自分は、
蔭のない笑顔でリタイアできるだろうか?
そのためには、今、頑張らないとねぇ。
山岸大勝軒
投稿日:2007-03-18 Sun
自宅でご飯を食べるときは、だいたい納豆も食卓に上げている。
近所のスーパーに行くと、
意外にたくさん種類があって、迷う。
なるべく違うのを買うようにして
あれこれ試しているが、
まだ「これは」というものには出会っていない。
ネットで見てみると、
納豆メーカーにも相当な数があるようだ。
全国納豆共同組合連合会会員名簿
茨城に34社もあるのは、さすが。
九州は数は少ないけれど、
宮崎以外では地元産の納豆が存在することになる。
ま、宮崎にもこの連合会に入ってないメーカーが
あるのかもしらんが。
上記のサイトによると、
納豆クイーンにミス納豆までいるらしい。
他にもいろんな情報が載っている。
ついでに、納豆学会というのもあるそうな。
納豆一つとっても、
奥が深いですなぁ。
投稿日:2007-03-17 Sat
【ネタばれあり】(「あなたになら言える秘密のこと」のネタばれを含む)
この作品を特徴づけるもう一点は、ほとんど全編、左右二つに分割された画面(デュアル・フレームと言うそうな)になっていること。二人それぞれの表情を別画面で左右に並べてあったりするのは、確かに面白い。片方の画面は現実で、もう片方はどちらか一人の頭の中かな、と思えるシーンもあった。もっとも、例えば二人がキスしているシーンなど、左右がほとんど同じで、そのときだけ画面一つにすると違和感があるから二つにしてあるだけではないかというところもあった。
二人の会話の中で昔の話が出てくるシーンでは、一方の画面が会話する現在の二人、もう一方に回想の場面が入る。公式HPのProduction Noteによれば、「物語の進行を中断させることなくフラッシュバックを入れ」たということになる。
そこで思い出したのが、先日見た「あなたになら言える秘密のこと」だ。この映画には、主人公の女性がクロアチア紛争(?)中に味方である筈のクロアチア兵に捕まり、レイプされ拷問された経験を告白するシーンがあるのだが、その際、画面に映し出されるのは会話する二人であって、過去の体験は全く映像化されていない。
なぜそのような選択がなされたのか疑問に思っていたのだが、物語の進行を中断させないことは確かに理由になり得る。特にあのシーンは主人公の女性が心を開く点で重要なのだから、回想シーンを挿入することによって告白シーンを中断することは適切でないと言えそうだ。
(映像化を避ける理由は、一般論としては他にも考えられるが、今問題としているシーンの説明にはなりそうにない。
例えば、ホラー映画で見せないことにより恐怖を煽るというテクニックはよく使われるが、もちろん、ここはそういうシーンではない。
映像化しないことによって見る者にあれこれと想像させてその解釈に委ねたいこともあるだろうが、この場面で、レイプ・拷問がどうなされたかをあれこれ想像させたかったというのは考えにくいし、また、おそらく語られているのは歴史的事実であって、ヨーロッパの人々はニュースなどである程度知っていることなのだろうから、これも当てはまりにくいだろう。
もう一つ、例えば殺人の場面などで肝心なところをカットして残酷なシーンを映さずに済ませるといったことはよくあるし、その狙いはこのシーンでも多少はあったかもしれないが、あくまで副次的なものだろう)
カンバセーションズ
投稿日:2007-03-17 Sat
【ネタばれあり】ほぼ全編男女二人の会話で構成される点で、「ビフォア・サンライズ 恋人までの距離(ディスタンス)」「ビフォア・サンセット」を思い出す。もっとも、それら二作に比べると、内容的にはいささか生臭い。
簡単に言うと、かつて結婚していた二人がパーティで出会って一夜を共にして朝別れるというストーリー。元旦那の方の心の動きは割とよく伝わってきたけれど、元嫁さんの方の心理は、今一つ謎だった。
例えば、彼女が元旦那と寝る気になった理由は、「あなたがシャンパンを持って歩いてくるのを見たときに、寝ると思った」としか説明されない。ま、言葉で説明できるもんでもなかろうが、演技を見ていて納得できたわけでもなく、謎のままだ。
それと関係するかもしれないのが、この映画のタイトル。原題は、Conversations With
Other Women で、直訳すれば、他の女性達との会話、というところだろう。二人だけの会話がほとんどなのに、このタイトルをつけたことには、どういう意味があるのだろう。
最初は、二人が他人のことのように「彼女は」とか表現するシーンが結構あるので、いろんな人達の会話という趣旨かなと思ったのだけれど、女性との会話、と言う以上は、元旦那の視点から見てネーミングされているのだろう。
では、ほぼ元嫁さん一人しか出てこないのに、女性が複数形になっているのは、なぜか。公式HPのインタビューのページで、演じたヘレナ・ボナム=カーター(「鳩の翼」よかったなぁ)は、「多面性を持つヒロイン」を高く評価して出演を決めたと語っている。そうすると、ヒロインの多重性を持つ人格がタイトルの複数形で表されており、私はそれを把握しきれずに謎と思った、ということになるか。
もう一つ、「他の」女性達、となっているのはなぜか説明しなければならないが、これは、元旦那が知っていた昔の彼女とは違う、歳を重ねていろいろな経験をした彼女との会話だったから、と考えておこう。会話している相手は元嫁さんしかいないのだから、「他」といっても同じ人物にならざるを得ないだろうから。
ともあれ、再度見る機会があれば、元嫁さんの方に注目してみたい。
カンバセーションズ
投稿日:2007-03-16 Fri
今日までにおわるべき仕事は、極めて効率的に片付けた(人はそれを手抜きと呼ぶ)ものの、
会議が長引いて結構疲れた一日であった。
その疲れを癒すべく、いきつけの居酒屋に行く。
さくっと飲んで、
最後のご飯ものは、体重計との戦いに勝利すべく
我慢して勘定を頼む。
ところが、
「姪っ子が幼稚園で誕生祝いにもらったので」と
ケーキが出てきた。
(ちなみに、誕生日だったのが姪ごさんなのか
姪ごさんのお子さんなのかはあえて訊かなかった)
・・・これは食べぬわけにはいかぬ。
有難く頂戴した。
というわけで、これからウォーキングに
行くことにしよう。
投稿日:2007-03-16 Fri
体重計に乗ったら、1の位を「5」と表示しよった。一時期は「3」になる日もあったのに。
確かに、最近、体動かしてないもんなぁ。
仕事片付けたら、ちっとは歩くべ。
それにしても、細かいことが
気になるもんじゃのぉ。
投稿日:2007-03-15 Thu
【ネタばれあり】原作はサマセット・モームの『劇場』とのことだが、未読。
クライマックスの舞台のシーンでジュリアがエイヴィスに仕返しする際、それまで舞台上のみならず実生活でも演技を続けてきたジュリアが初めて、それも舞台の上で自らの本音を語る。ここでストーリーがぴしっと収束していて、見事だった。
それにしても、マイケル氏は、すべてを飲み込んでジュリアを静養に行かせたり、クライマックスの舞台の後でも含むところなく喜んだり、懐の深い亭主ですな。
ラストでジュリアがビールを飲んでいるところ、美味しそうだったねぇ。
華麗なる恋の舞台で
投稿日:2007-03-14 Wed
ウィハン弦楽四重奏団(レオシュ・チェピツキィー(1st Vn)、ヤン・シュルマイスター(2nd Vn)、イジィー・ジィックモンド(Va)、アレシュ・カスプジーク(Vc))、岡直美(Pf)、福岡銀行本店大ホール。前半は弦楽四重奏が二曲で、パンフレットには、メンデルスゾーンの1番とハイドンの38番「冗談」と、この順番で書いてある。どちらも初めて聴く曲だ。
一曲目は第一ヴァイオリン主導型で肩の力を抜いて聴くべきサロンの曲という感じ。ベートーヴェンの影響を受けているとかパンフレットには書いてあったけれど、もっと前の時代の四重奏曲のような印象。で、フィナーレの最後に来る。あれ、演奏止めたような感じでまた弾いた。これが「冗談」の部分でないの?
二曲目に入ると同じ弦四本なのに一気に音が分厚く感じられる。こっちの方がメンデルスゾーンのような気がするぞ。後でCD探して確かめたろ。いずれにせよ、いい音だ。
後半は、ヒナステラのピアノソナタ第1番。これも初めてお目にかかる曲。ピアノを歌う楽器と扱うか打楽器と扱うかという軸があるとすると、後者の端っこの方にあるような曲。それでも三楽章構成で、伝統的な楽章毎の性格付けを感じ取れるのが面白い。
この後、一旦照明が落とされて、係の人が一人で片付けられていた弦の方用の譜面台と椅子を運び始めた。譜面台も椅子も二つずつ、計4往復。専門家でないとできない作業じゃなかろうし、もう一人くらい投入してもいいんじゃないのかなぁ。
最後はシューマンのピアノ五重奏曲。今日、唯一知っている曲で、一番楽しめた。聴きながらふと思ったのは、先月聴いた仲道郁代さんの場合、ピアノが常にしっかり聴こえていたのに、今日の岡さんは、音としては耳に届いているのだけれど、印象としては弦に隠れがちだったこと。まあ、曲もホールも座席の位置も違うから、こういう比べ方は適切でないのかもしれないけれど。
アンコールは、シューマンの終楽章の最後の部分。こういう楽章の途中からアンコールで弾くというのは、私は初めてお目にかかったような気がする。
最後に、照明係さん、前半終わったところでまだ拍手が続いてて奏者をステージに呼び戻そうというところで客席の灯りをつけたり、ヒナステラ終わったところでこれまた拍手が続いてるのにさっさとステージを暗くしたりするの、せっかく盛り上がりかけてるのに水差してませんか。今日はプログラムが盛りだくさんだったから、早く進行させたかったのかもしれませんけど、1回余分にステージに呼び戻してもせいぜい1、2分なんだし、そのくらい待ってあげてよ。
Wihan Quartet
投稿日:2007-03-13 Tue
気分転換したいとき、軽妙でニヤッとさせてくれるようなエッセイを読むことがある。これまで、わかぎゑふさんの一連の作品や、浅田次郎さんの『勇気凛々瑠璃の色』シリーズを楽しませてもらってきたが、最近見つけたのがこの本。語られている内容の多くは、自分達が飲み屋で話していることとそう違わなかったりするのだけれども、笑える表現が随所に出てきて、楽しい。それも、ニヤリというよりはガハハと笑える感じだ。
この著者の本はまだ一冊読んだだけだが、笑いのとり方をパターン分析すると面白そうな気がする。笑いのパターン分析というと、米原万里『必笑小咄のテクニック』を以前読んだ記憶があるし、他にも同じような試みをした本が出ていた筈だ。いずれ気が向いたらやってみよう。
土屋賢二の公式ホームページ不完全版
投稿日:2007-03-12 Mon
仕事を、同時並行的に幾つも抱えている。似たような状況の人も多いだろう。
今日、銀行のATMで順番を待っている間に、
そのうちの比較的ややこしい一つを
今週の金曜日までに終わらせねばならないことに気付いた。
優先順位の高い仕事であることは分かっていたので、
カバンの中に資料は入っている。
従って、次に選択されるべき行動は、
銀行を出次第、
そこらの喫茶店に入って資料を広げるか、
職場に戻って資料を広げるためのスペースを作るか
(机の上には他の仕事の資料が山脈を形成している)、
又は自宅に帰ってとりあえず飯を作るか、
あたりだった筈である。
ところが、私の足はなぜか本屋に向かい、
次にCD屋に向かい、
中古屋にしばし留まって、
プレイガイドにまで延びてしまった。
中古屋では掘り出し物を見つけ、
プレイガイドでは、
今週某所で行われるコンサートのチケットが
まだ残っていると聞いて即購入。
たいへん幸せである。
さて、金曜日の私は、
果たして幸せであろうか。
投稿日:2007-03-11 Sun
【ネタばれあり】公開されて結構経つのに、まだやっていたので見ることができた。アカデミー賞とったおかげかな。「インファナル・アフェア」のリメイクだそうだが、原作は未見。
警察とマフィアがそれぞれスパイを相手組織に送り込みつつ、自分の組織に送り込まれたのが誰かを突き止めようとするのだが、観客には最初から誰がスパイか分かっているので、見る側の興味はいつどうやってばれるのか(ばれないのか)に絞られる。この点は、刑事コロンボで犯人が予め観客に知らされているのと同じだ。
もっとも、コロンボの場合は、守る立場の犯人との会話の中での駆け引きがストーリーの中心だが、こちらでは、送り込まれたスパイ達がお互いに相手を発見するという攻めの立場を持っているし、アクション中心の進行である点で、見所は異なる。この映画、その辺はきっちりと見せてくれた。
マフィアのボス役のジャック・ニコルソン、存在感あり。ラストの、どんでん返しの連続で登場人物がばたばた死ぬところもスピード感がある。総じて、よくできているという印象。
クエスチョンマークが残ったのは、コリンと付き合っている精神科の女医さんがビリーと寝てしまう心理が納得できるように描かれていなかったこと。
ディパーテッド
投稿日:2007-03-10 Sat
ソフトバンクのガトームソンが、「自宅の台所でホールチーズを切断しようとした際、誤って自身の指を包丁で裂傷」し、オープン戦の登板を回避したそうな(ソフトBガトームソンが右手負傷)。大リーグ挑戦中の桑田がこういうことのないように気をつけているという話を読んだ記憶があったので探してみると、「『もうオフじゃないから、包丁は握らない。手をけがしたらシャレにならない』野菜類は冷凍食品か、すでに切られているものを購入するなど、男の台所にもこだわりを見せた」という記事を発見(桑田、男の買い出し)。
うーん、こういうところに、プロとしての心がけの違いが出てくるのね。自分にあてはめると何をすべきな(すべきでない)のか直ちには分からないけれど、できたら桑田の方を見習いたいものだ。
え、じゃあ飲むの止めろって? うぐぅ・・・(^^;
投稿日:2007-03-09 Fri
【ネタばれあり】出演者、特に主役の二人はいい演技をしていると思うのだが、それにも拘わらず見終わったときの充足感は今一つだった。
その理由を考えてみると、二つほどありそうだ。第一に、映画は映像が主たる表現手段であるにも拘わらず、この映画は重要なポイントを言葉だけで表現していること。
そのポイントはおそらく二つある。まず、ハンナが過去の体験を語るシーン。ここを適切な映像で見せれば観客に訴える力はより強くなったのではないか。
もう一つは、ラストシーン。二人が結ばれてのハッピーエンドであるにも拘わらず、ハンナの笑顔もなければ、旦那は影さえ見えない。
もちろん、プロである製作者側はこれらの点について映像で見せるメリットとデメリットを考えた上で映像を見せず言葉を選んだのだと思うが、なぜそういう選択になったのか、私には見ていて分からなかった。
第二に、全体のストーリーは、傷心のハンナが油田掘削所の従業員達と触れ合ううちに心を開いていき、遂にはジョゼフと結ばれるという話の筈なのに、その心を開いていく過程が十分表現されていないこと。
何か変化があったなとはっきり分かるのは、それまでチキン、ライス、リンゴしか食べなかったハンナが掘削所のシェフの料理を食べるシーンくらい(関係ないけど、あれ、残り物なんじゃ?)。海洋学者に対して「あなたが羨ましい」みたいなことを言うシーンを加えても、ごく少ない。
もう一度見直せばもっと微妙なところで表現されているのかもしれないが、少なくとも初見時の私には伝わって来ず、どちらかというと話の方向がはっきりしないままにエピソードを幾つも並べられているような印象を受けつつ見ていた。
とまあ、これらの点で不満は残ったのだが、再見すればどう思うか分からない。
ところで、この映画はスペインの作品だそうだが、台詞は英語だった。同様に、英語圏ではない国の映画なのに使われているのは英語だったということが、最近ときどきある。
流石に本国ではその国の言葉を使うだろうから、輸出用に英語バージョンを作っているということだろうか。
仮にそうだとすると、本来の言語のバージョンで見た場合、違った印象を受けることがあるのかもしれない。ま、日本語字幕を見ている時点で、既にニュアンスが違ってきている部分はあるはずなのだけれど。
あなたになら言える秘密のこと
投稿日:2007-03-09 Fri
今朝、散歩の途中に、2月24日付のエントリーで書いた展望台に寄ってみた。階段と手すりが外されて、床とそれを支える柱だけになっている。ちょうど、丘の頂上にでっかいテーブルが置いてあるような状態だ。
これはこれで面白いんだけど、後はどうなるんだろう。片付けられてしまうのかな。
投稿日:2007-03-07 Wed
【ネタばれあり】公式サイトによると、スピルバーグとスコセッシが(映画化権を)奪い合ったそうだが、スタッフの中にはどちらの名前もないような。第三者に獲られてしまったということか?
いずれにせよ、映画人達が惹かれたのは、視覚と聴覚しか使えない映画で嗅覚の話をやるという挑戦に魅力があったからだろう。もちろん、匂いそのものは表現できない。できないからこそ人を自由に操れる香水なんてものも設定できるわけだ。しかし、映像によって観客の匂いの記憶を呼び起したり(例:冒頭の市場のシーン)、演技によって匂いをどう感じているかを表現したり(主人公役の俳優さん、頑張ってましたな)することによって、この挑戦はまずまず成功を収めたように思える。
もっとも、細かい点で詰めの甘いところがあった。ラストで主人公が自分に香水を振り掛けたとき、かなりの部分は服にかかっていたのに、主人公が食べられた後に服が残されていたり、香水の最後の一滴が残ったビンが誰からも顧みられずに転がっていたりするのは違和感がある。問題の香水を作る過程とそれが発揮する効果という基本のところで非現実的な設定をするのは、おとぎ話として観客も受け入れるだろうが、細かいところで不自然な点があると、そこで引っ掛かる人が多いのではないか。
主人公が最後のお姉ちゃんを殺しに行くときに余りにすいすい入れてしまうのも、体臭がないだけでは説明できないと思うが、これは原作には何か理由付けされているのだろうか。
その最後のお姉ちゃんを殺す場面も、寝ていたお姉ちゃんが目を覚ました後、いきなり朝のシーンになって父親が死体を発見するのだが、これはちょっと不自然に感じる。目を覚ました後の映像が撮影はされていてカットされたのではないかと思えなくもない。
ついでに、これは表現上動かせないんだろうけれど、突っ込みたくてうずうずしてしまうこと。最初に殺されるお姉ちゃん、あんだけ匂いをかがれる前に早く気付けよな。
パヒュームーある人殺しの物語
投稿日:2007-03-05 Mon
一人暮らしを始めてこの方、ほとんど自炊せずに専ら外食産業の売り上げに貢献してきたのだが、
半年ほど前に炊飯器を買って以来、
たまに家で飯を炊くようになった。
といっても、おかずまで作ったのは数えるほどで、
納豆やら海苔やらで食べることが多い。
例えば大根を煮るのに30分も火の番をするのはしんどいし、
もっと複雑なレシピになると
初心者である私にはついていけないんである。
で、も少し楽な方法はないかと検討した結果、
電子レンジなるものを導入することにした。
今日は使い初め。
まずはチンするだけで済むものから始めよう。
スーパーで冷凍食品の棚を覗く。
えらいたくさん種類があるやん。
とりあえず、袋の写真が旨そうだったので
ニチレイの「パリパリの春巻」というのをチョイス。
買って帰って、トレイを切り離して
レンジ付属の丸皿に置く。
ピッピッと出力と時間を調整してスイッチオン。
1分ほど待ったら出来上がり。
ほぉ、えらく簡単ではないか。
何でもレンジの普及率は100%近いらしいから、
主要耐久消費財の世帯普及率の推移
大抵の日本人にとっては当然のことなんだろうけれど、
こっちはレンジをまともに扱ったのは初めてだ。
これだけでも感動ものである。
説明書を読むと、ゆで野菜なんかも簡単にできるらしい。
次はその辺を試してみるか。
投稿日:2007-03-01 Thu
【ネタばれあり】満足できた映画だった。
ミュージカル映画だし、歌が良かったことで満足したのはもちろんだが、ドラマに厚みがあったことも大きかったと思う。プロデューサー(?)として頂点まで駆け上がりながら仲間すべてに去られてしまうカーティスと、ステージを追われ子供を抱えてどん底に落ちながら復活するエフィーが二本の太い糸、序盤はトップスターだったのに没落してヘロインで死ぬアーリー、もう一つ加えるなら最初はカーティスに全てを委ねていたけれども自立していくディーナがもう少し細い糸、という感じで絡んでいくのは見応えがあった。
(クレジットで主役扱いされているのはこれら四人のうちエフィー役のジェニファー・ハドソンを除く三人なのだが、ドラマの中の重みでいうと、上記のような感じを受ける。助演のジェニファーの演技(歌唱)が主演のビヨンセを食ってしまった、というような評価も見るし、もちろん、ジェニファーの歌は素晴らしかったけれど、それ以前にストーリーの中で与えられた役割自体、ジェニファーの方が大きいのではないか。いったい、「主演」と「助演」はどこで区別されているのだろう?)
ラストで彼らの「ファミリー」が壊れて終わり、ではなくて解散コンサートのシーンを入れた上でエフィーが最後に加わったりカーティスが子供を見つけたりと、いい余韻を残す終わり方をしたのも良かった。
それにしても、サントラ欲しくなる映画ですな。
「ドリームガールズ」オフィシャルサイト
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